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創価母のつぶやきブログ

信仰人生42年の経験と思う事を綴って行きたいと思っています。

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Posted by mimipita on  

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創価学会初代会長 牧口常三郎氏 6

Posted by mimipita on   0

皆様こんにちわ、題名が変わりまして初めての更新です。
複数のブログをやっているものですから、間違って出してることがあり、
ご迷惑をおかけしています事をお詫び致します。m(_ _)m

どうか「創価母のつぶやきブログ」を宜しくお願い致します。

では牧口先生のお話に移ります。

創価教育学会が誕生した、1935年(昭和10年)の頃は、会長のポストは
空白のままだった、牧口は創価教育学研究部の所長の地位にいた。
会長には社会的に影響力のある有力者に着いてもらう予定でした。

1939年(昭和14年)創価教育学会 第1回総会が東京麻布の菊水亭で
行なわれた。
地道な運動の中で教育者ばかりではなく、家庭婦人や一般人も会員に多く
なっていた。
牧口自身、法華経はすべての生活法の革新のカギで、教育法の改革はその一部に
過ぎないという思いを強くするようになっていた。

翌年には第2回総会が開かれ、新しい会の綱領規約などが検討された。
会の目的だった「教育改造」の文字が消え、法華経を基盤に
「教育、宗教、生活法の革新を計り」「国家及び国民の幸福を進めるを目的」とし、

仏法流布を推進することが確認された。
この時空席だった、会長に牧口がつき、理事長に戸田が就任した。

本部は戸田が経営する「自習学館」の2階におかれ、教育研究部、教育者倶楽部、
折伏指導部、婦人部、青年部などの新しい組織体制が生まれた。

牧口が正確に法華経を学ぶ事ができたのは、日蓮正宗の僧侶だった、
堀米泰栄から直接、日蓮仏法を学んだことが大きい。
堀米は、早稲田大学東洋哲学科卒で、牧口の考える在家中心の信仰活動に
強い共感を感じていたのだった。

第2回総会は軍人会館で開かれた。その後 政党関係者が集まる会合でも
講演をした。牧口の話は当時の軍国主義思想を明確に否定するものだった。

「道理に合わない滅私奉公はするべきではない。自己を空にせよというのは
ウソである。両方とも栄えなければならない。」
とつぜん、会場から怒鳴り声が響いた。!
「だまれ!いまは滅私奉公が大切なのだ!」

一瞬場内は緊迫した空気に包まれたが、牧口は静かに威厳をもった声で
「善と利が一致する。つまり、自分も共に幸福になろうというのが本当である。」
と信念を述べた。

それは戦争一色に染まって行く社会を憂える牧口の心の底からの気持ちだった。

牧口は、仏法流布を進めるうえで、体験を語り合う座談会と、個人指導を
重視した。火曜日は自習学館で、金曜日は白金の牧口の自宅で個人指導に
あたり、その他の日は各地の座談会に出席し、合間に教育者倶楽部や
創価教育の講義をし、地方には折伏にも出かけるというフル回転の日々でした。

牧口はどの座談会にも、誰よりも早く会場に来ていた。そして1人でも出席者が
くるとすぐに座談会を始めた。その人の生活の悩みを聞き、信仰上の質問に耳を
傾け優しく仏法の説明をした。そのうち人が次第に増え、自然な形で座談会は
進んでいくのだった。

牧口の教育思想の根幹をなすものが「価値論」であった。
最高の価値を創造して生きる事が人生の幸福であると考え、人間が創造できる
ものとして「価値」を位置づけた。

哲学者カントが唱える「真・善・美」の「価値論の思想」を自分の思想へ消化し

牧口は「美・利・善」と言う独自の価値論を主張した。
さらに人間の生活や生命にとって役立つものを「正価値」とし、マイナスの
作用をするものを「反価値」と考えた。
「美・利・善」に対し「反価値」とは「醜・害・悪」である。

牧口の善の定義は「公益」だった。公益に反する行為は、「悪」となる。
「善い事をするのと、悪いことをしないのは、同じか違うか?」
座談会で牧口はよくこう問いかけた。
悪い事をしないのは、本人にとっては善の行為だが社会全体からみれば
悪を助長させることにつながり、善の行為にはならないと説いた。

牧口は善に大・中・小の三つがあり、小善(利己的善)、中善(偽善的善)を去り
大善の生活をすることを力説した。

大善生活とは、牧口にとって、日蓮仏法を根幹に限りない生命力をわが内から
引き出し、社会の幸福と個人の幸福を共に実現する生き方だった。

牧口先生の生前の言葉から。
「宗教は人生の背骨である。宗教をもたないで生きるのは、背骨がなくて
 歩くようなものである。」

牧口はつねに一人の友との対話を通し、それを積み重ねていくことで、
仏法の正しさを納得させて行こうとした。
ある時一人の青年が、「もっと大規模な講演形式にしたほうが良いのでは
ないでしょうか。」と意見を述べた。

即座に牧口は、「いや、それは違う。人生に関する問題は対話でなくては
相手に通じない。   日蓮大聖人の『立正安国論』も問答形式ではないか」
と答えた。
牧口の「一人の人のために」と言う精神は、今も変わらず創価学会のなかに
脈々と生き続けている。



次へ続きます。最後まで見て頂きまして

たいへんありがとうございます。


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