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創価母のつぶやきブログ

信仰人生42年の経験と思う事を綴って行きたいと思っています。

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Posted by mimipita on  

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創価学会初代会長 牧口常三郎氏 3

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牧口常三郎氏 42才(1913年 大正2年)教育現場に戻る。
その頃世界は、第一次世界大戦による、大戦景気に沸き自由主義や
民主主義的な意識が高揚し、教育界も自由主義教育の主張や実践が
おこなわれていました。

牧口も独自の教育改革を進めていた。
東京下谷区にある、東盛尋常小学校の校長に就任する。
牧口は貧しい子供達の為に、文房具の一括購入して安価で分け与えたり、
たえず子供達の事を考えて教育環境を改善して行った。

3年後、隣町に新設する、大正尋常小学校の校長に就任する事になる。
全国から優秀な教師26人を募集し、理想の教育の実践に情熱を注ぐ。
しかし、地元の有力者に自分の子を特別扱いする事を要求されるが、
牧口は断った。それを根に持った有力者は、東京市政の有力者の
高橋義信に牧口の転任を依頼する。
父兄、教師達の猛反対運動の中、1919年(大正8年)に 西町尋常小学校の校長に
転任となる。
そこは、牧口を転任させた、高橋義信の地元だった。就任の挨拶をするのが習わし
だったが、権威権力に媚びる事を嫌う牧口は拒否をする。
そのことで、6ヶ月で、再び転任をさせられる。

その西町小に居た頃4月に北海道から一人の若者が訪ねて来る。
のちの愛弟子になる、戸田甚一(戸田城聖)を教員として採用する。
牧口常三郎49才 。戸田甚一20才これが二人の運命的な出会いとなった。

牧口の次の転任先は最貧民家庭の子供のための、授業料免除の
特殊学校のひとつであった、三笠尋常小学校でした。

午前と午後の二部制で学校に来ない子供も多かった。
一軒一軒訪ねては、親の理解を得るため教育の大切さを訴えて歩いた。

弁当を持って来れない子供達の為に、豆餅やおにぎりを牧口は自腹で用意した。
子供の散髪も教師の仕事だった。時には宿舎の風呂に子供達を入れて、
衛生や基本的生活習慣を身に付けさせた。

弟子の戸田も途中から三笠小に移り、牧口の仕事を全力で協力した。
やがて3年目に成った頃、牧口をよく思わない人間の画策により、
免職という形になろうとしていた。
ところが、偶然に、東京市の助役をしていた「前田多門」の目に止まった。
前田は「郷土会」の会員で、牧口の友人だった。

前田の助力で、白金尋常小学校に栄転する事になった。
牧口の交友関係は幅広かったが、自分の事では一切友人をたよることは、
してこなかった。
牧口はほぼ10年間を白金小で自由に自分の考える教育実践を行なう事ができた。
若い教師達とも議論し、さらに自分の理論を深めて行く事も出来た。
やがてそれは彼の教育思想に結実していく。

時代は関東大震災が起き、天皇制ファシズムの坂道を転がり始めようとしていた。

牧口が白金小の転任が決まったと同時期に戸田は教師を止める。
大学入学を志しての事だった。
牧口は補習教育の塾を開く事を勧める。これが戸田の事業の基礎となる
「時習学館」のスタートだった。

「教育の質はひとえに教師の質にかかっている。教師はつねに教育技術を
磨いて行かなければならない。そのために教師は自分の授業を反省する
姿勢を忘れてはならない」 といつも口にした。

毎週月曜日の放課後は教師の磨く場とした。
「月曜講演」 教師達は研鑽や研究発表。 学者や専門家を呼び講義を
受ける事もあった。

牧口自身も絶えず、教育書や哲学書、英語も勉強し、教師たちに啓発を与えた。

関東大震災では幸いに白金小は被害をまぬがれた。
牧口は6年生と卒業生にボランテイアを呼びかけ250人が集まり「小善会」と
なづける。
物資の手配の活動をした。
牧口は子供達に社会性の大切さを実践を通して教えて行った。

震災後、白金小は東京でも珍しい鉄筋コンクリート3階建てに生まれ変わった。
震災に耐える建物にと牧口が運動した結果だった。

牧口はどの子に対しても、いつも丁寧な言葉遣いをした。
「○○さん」と呼び、子供を一人の人格として認めていたのです。
牧口にとって子供こそ中心だった。

授業についても、どうすれば子供達が楽しみながらしかも能率的に
学べるのかを真剣に悩んだ。
牧口は教科書にもドンドン線を引かせ読めない漢字には、ふりがなをふることも
勧めた。
教科書を汚す事をよしとしていない時代でも、牧口の発想は、「こどものために」
という不動の軸につらぬかれていたのです。
その思索の積み重ねが「創価教育学体系」として結実する。

教育の目的を子供の幸福に置き、子供達の能力を開花させる為に、
子供自身の知恵の扉を開くことを目指した牧口の新たな人間教育の視点は
時代を経るにしたがって評価されて来た。

いまブラジルで進む 『牧口プロジェクト』 100校を超える実践校で学ぶ
子供達の瞳の輝きが、牧口の視点の確かさを証明している。



次回へ続きます。
最後まで見て頂きましてたいへんありがとうございます。

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